よくある目の病気
第71回は網膜動脈閉塞症 (もうまく どうみゃく へいそくしょう) です。
網膜の静脈が閉塞してしまう病気=網膜静脈閉塞症に関しては、前回にお話しました。
今回は静脈ではなく、動脈が閉塞してしまう病気=網膜動脈閉塞症に関するお話です。
脳の動脈が閉塞すると「脳梗塞」となりますが、網膜動脈閉塞症はまさに「網膜梗塞」と言ってもよい状態で、大変予後の悪い怖ろしい病気です。
網膜動脈閉塞症を起こした場合、閉塞した部分より先の血流が途絶えてしまいます。もし、血流が止まったままの状態が約1~2時間続くと網膜組織が壊死してしまい、恒久的にその部分の視機能が失われることになります。
網膜動脈閉塞症は閉塞を起こす部位の違いから大きく2つに分けることができます。
・網膜動脈の本管(中心動脈)が閉塞する=網膜中心動脈閉塞症
・網膜中心動脈から枝分かれした動脈が閉塞する=網膜動脈分枝閉塞症
【症例】
71歳女性。夜の入浴後に急に左眼が見えなくなった。
発症後14時間後に来院。視力は光覚弁(光がかろうじてわかるくらい)であった。
黄斑部は中心窩(中心部の赤い部分)を除いて、白っぽく浮腫状を呈している。
網膜中心動脈閉塞症の発症直後に特徴的な眼底所見である。
基礎疾患として、高血圧がある。
同じ症例のフルオレセイン蛍光眼底造影写真。
蛍光色素を静脈注射してから33秒も経過しているが、いまだに静脈が染色されていない。
著明な流入遅延が認められる。これは網膜の中心動脈が閉塞しているために、網膜への血流が低下していることによる。
同じ症例のOCT(光干渉断層計)画像。
黄斑部の網膜が腫れて厚くなっている。血流の途絶により網膜が壊死が進行中であり、浮腫を呈している。
同じ症例の発症後3ヶ月のOCT画像。
網膜の壊死が完了し、網膜が大変薄くなってしまっている。
視力は光覚弁のままである。
47歳女性。左眼だけで見ると、ところどころ抜けて見えない場所がある。
飛蚊症が増えてきたので、眼科を受診した。左眼の矯正視力は1.2である。
眼底検査を実施したところ、左眼の眼底には、網膜動脈の白線化、斑状の出血、軟性白斑、視神経乳頭に巨大な新生血管を認めた。網膜動脈分枝閉塞症である。
著明な高血圧(160/110mmHg)を有していた。
同じ症例のフルオレセイン蛍光眼底造影写真。
眼底写真で白線化している網膜動脈から先の網膜には、血液が流入していないことがわかる(=
広範囲に虚血領域が生じている)。視神経乳頭には巨大な新生血管が認められる。
同じ症例のOCT画像。
上方の網膜は下方に比べて腫れており、浮腫状を呈している。
【症状】
網膜中心動脈閉塞と網膜動脈分枝閉塞とでは症状が異なります。
網膜中心動脈閉塞の場合
片眼の急激で高度な視力低下
網膜動脈分枝閉塞の場合
閉塞した網膜動脈から栄養されている網膜に相当する部分の視野欠損
黄斑部が障害されている場合は、視力低下も生じます。
基本的には片眼性の病気ですが、まれに両眼発症の場合もあります。
片眼に発症してから、のちに遅れてもう片方の眼に発症する場合もあります。
【原因】
大きく3つに分けて考えることができます。
原因1: 網膜の動脈に動脈硬化が起こり、血管の内腔が狭くなっているところに、血液の固まり(血栓)が生じて、血流が途絶えてしまう。
原因2: 網膜動脈よりも心臓に近い位置に動脈硬化が生じており、なにかの拍子でその血管内の血液や脂肪の固まり(栓子)がはがれて、網膜まで運ばれてきて網膜の動脈内に付着して血管をふさいでしまい(塞栓)、血流が途絶えてしまう。
原因3: 網膜動脈に炎症や痙攣が生じて、血流が途絶えてしまう。
全身の基礎疾患として、高血圧、動脈硬化、糖尿病、心臓弁膜症、虚血性心疾患、脳血管疾患、膠原病などの既往歴があると起こりやすいとされています。高齢者、喫煙者に多いです。
【治療】
動脈が閉塞してしまってから網膜が壊死するまでに、わずかの時間しかありません。
見え方がおかしくなっても、痛みが出ませんので、眼科を受診するまでには数時間以上経過していることが多く、網膜がすでに不可逆的なダメージを受けていることが多いです。
発症直後は、眼球マッサージや炭酸脱水素酵素阻害薬の投与、前房穿刺などで眼圧を急激に下げることにより、網膜血流の改善を試みます。
その他には、全身状態を考慮しつつ血栓溶解剤の投与、高圧酸素療法、星状神経ブロック、血管拡張薬の投与などがありますが、視力の予後は極めて不良な病気です。
長期的には緑内障が合併症として生じることがあり、定期的な経過観察が必要です。
(監修 京橋クリニック院長 佐々原学)